2009年9月13日日曜日

ゲーム研究の教科書

先月はいきなりIEEEの学術記事からはじめましたが,今回は入り口となる教科書について個人的な視点からまとめてみます.
日本は多くのゲーム関連の書籍が出版されてきましたが.大学レベルのゲーム研究の教科書がありませんでした.ここでは世界のゲーム研究を「教科書の確立」という視点から概括してみます.
  • 教科書ができる以前の時代 : 2004年以前
  • 用語集,ハンドブックの成立 : --2005年
  • 研究書から教科書へ : 2005年以降
  • そして改訂へ... 2008年--

教科書ができるまで : 2004年以前


ゲーム研究の教科書がまとまる以前の時代は,各分野の研究でゲームを取り上げたものを横断しながらゲームについての考え方を訓練していました.
たとえば国際学会DiGRAの文献リストがよく使われていました.
また,各分野の文献をリストアップするだけでなく,一冊の本にまとめて再出版する「Reader」(読本,選集)も出版されました.

用語集,ハンドブックの成立 : --2005年

ゲームについて論じた従来の文献を読むだけでは,まだゲーム研究とは言えません.まず,用語や方法論がそれぞればらばらなので,それらを整理した用語集や道具箱をつくる必要があります.オンラインで読める用語集としては,以下のものがあります.
  • Dictionary of Video Game Theory (Jesper Juul)
    http://www.half-real.net/dictionary/
  • ゲーム批評用語小辞典 (井上明人)
    http://www.critiqueofgames.net/data/term.html
こうした用語集は作成者の個人的な関心が色濃く出たものですが,それをより総合的網羅的にしたものがハンドブックや辞典です.この段階になるともう一人ではカバーできず,グループによる作業になってきます.
この「コンピュータゲーム研究ハンドブック」は DiGRA JAPANの学会誌の書評でもとりあげられています(書評: 増田「研究の潮流を創りゆく学生へのガイドとして」, 『デジタルゲーム学研究』創刊号所収).オンラインでもサンプルが読めますが,こうしたハンドブックや辞典は,最初から読み進めるのではなく,調べたい言葉を明確にしてから「引く」ものです.何かを調べようとして,ハンドブックのIndex(索引)を引き,その道の専門家が書いた解説を読み,さらに詳しく調べるための参考文献リストを作成する,という使い方ができます.


研究書から教科書へ : 2005年以降

ハンドブックや辞典,そして分厚い研究書とちがって,学生が一定期間で最初から最後まで読み進めるような教育的配慮をもって書かれているのが教科書です.たとえばゲームデザインの分野で言えば,デジタルゲーム以外のゲームも扱ったゲームデザインの分厚い研究書Rules of Playが出版されたあと,同じように系統的なアプローチをとりながら対象をデジタルゲームに絞った個性的な教科書の出版が続きました.
さらにゲームデザインだけでなくデジタルゲーム文化全般を扱う教科書としては,DiGRA初代会長のFrans Mayraの教科書があります.
この本は教育目的ということに非常に意識的に書かれており,公式サイトでは教室で使う(自習にも使える)スライドまで配布しています.
この本でも触れられていますが,ゲームの教科書の中でも特にゲーム概論(introduction)の教科書には特別な工夫が必要です.この工夫にもいろいろあるのですが,私の個人的な観点では,大学で使うゲーム概論の教科書には以下の条件が必要でしょう.
  1. 入門書でありながら発展性があること
    それまでに学んだ基礎的なスキルを使って学習することができ,さらに
    詳しく進みたい場合には専門情報の入手先も示している.
  2. 教育カリキュラムに組み込めること
    1学期または2学期で終わる科目の中で,導入から学んだことを応用するまでのプロセスが構成されている. 受講にはどのようなスキルが必要で,受講するとどのようなスキルが身につくかが定義されている.
  3. 体系的であること
    これまで各職種ごとの専門書はありましたが,教科書にはそれらをゲーム研究として総合するという体系的な 視点が必要です.
    (たとえば,ゲームデザイン教本,ゲームシナリオ教本,プロデューサー教本,ゲームプログラマに必要なスキル集,ゲームCGに必要な数学,サウンドトラック,ゲーム評論,ゲーム産業論,さらには二次創作物研究... これらの専門領域はいずれもゲーム研究を構成する要素ですが,それらがゲーム学(ゲーム研究)の中でどんな位置を占めるのかを知るためには体系が必要です.また体系が整備されていれば,それぞれの分野で重複した内容を学ぶのを避けられるし,教師一人一人はすべての分野を教える必要がない.
こうした入門用の教科書の整備が進むことで,大学でのゲーム研究は(他の分野と同じように)定番の教科書をどのように組み合わせ,どの科目を履修にしてどれを選択にするか,いつ実習を行うか,といったカリキュラムの工夫が重要になってくるでしょう.

そして改訂へ... 2008年--

教科書が完成して学問が完成するわけではありません.
世界各地の大学でゲーム関連科目が充実するとともに,教科書の見直しも進められ,個別の専門分野では教科書の改訂版が出はじめました.
  • Ian Millington and John Funge. Artificial Intelligence for Games (Second Edition). Morgan Kaufmann, August 2009.
  • Heather Maxwell Chandler. The Game Production Handbook, Second Edition. 2008.
他にもいろいろあるとおもいますので,教科書を手に取る時は出版年度に気をつけてみてください.

まとめ

以上,ゲーム研究の文献リストから教科書,そしてカリキュラムの例を駆け足で紹介しました.
大学の授業で使えるような適量のゲーム研究の「教科書」が出版されるようになったのは最近のことです.
今後,「教科書」が整備されるにつれて,ゲーム研究者は,どれだけゲームをプレイしたかという経験やどんなゲーム開発の現場を見たかという経験だけではなく,どんな教科書で学んだか,どんな研究に影響を受けたかという経験も大きく影響してくるでしょう.

1 件のコメント:

  1. 本記事で紹介した「分厚い研究書」、ルールズ・オブ・プレイ(Rules of Play)が日本語に翻訳されて出版されることが決まりました。
    『ルールズ・オブ・プレイ——ゲームデザインの基礎』2011年1月28日発売予定
    http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20110104
    本記事でも書いたように、この本が出てから、大学レベルでの系統的な教科書の出版が進んだという強い影響力を持った本です。またこの本を土台にしたゲーム研究も数多く、この基礎文献が翻訳されたことで世界のゲーム開発者・研究者との距離が確実に近くなったと言えます。

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