2010年5月24日月曜日

世界同時多発ゲーム開発: Global Game Jam 2010 を振り返る (後編)

予告編「Global Game Jam の目指すもの」,そして前編中編に続くGlobal Game Jam 2010 報告シリーズの最終回をお届けする.これまで現場訪問や参加者による相互評価を参考にしながら国内外の作品と拠点をとりあげてきたが,本稿ではGlobal Game Jamから見えたゲームシーンの変化について学会情報を交えつつまとめてみたい.



先進校からクラスターへの成長

先日のセミナー中継でも話したのだが,これまでの「産学連携」は技術移転のイメージで語られることが多かった.つまり先進的な大学の研究成果を企業が製品化し,研究開発部門を持たない中小企業にはあまり関係がない,といったイメージだ.しかし,GGJから見えるゲーム業界の産学連携の光景は,単なる技術移転ではなく,むしろベンチャー企業のマネージャーや開発者といった幅広い人材の交流と相互学習だった.これはむしろ産業クラスター形成に近い.たとえば中編で紹介した世界的なゲーム開発拠点校では,先端的な研究室だけでなく近隣の芸術専門学校とも提携した混成チームが結成され,また大学の教員や(IGDAのデンマーク支部やボストン支部などの)地元の開発者コミュニティも学生とともにゲーム開発チームに加わっていた.このように学校ごとの枠を超えてプロのゲーム開発者も巻き込んだ相互育成の場が各地に形成されていたのは印象的だった.

ゲームエンジン企業の勢力地図

ゲームエンジンの教育向け無料提供
Global Game Jam 2010のスポンサーには,多くのゲーム開発ツール企業が名を連ねてツールを提供していた.たとえば学生向けに 3ds Max や Maya を配布しているAutodesk社,ゲームエンジンのTorque社,そしてMicrosoft XNA Game Studio.しかし,GGJ2010で活躍していたゲームエンジンはそれらのスポンサー企業のツールに限らない.むしろ中編で紹介したゲームのほとんどはゲームエンジン「Unity」で開発されたものだった.
Flash Playerと同じ要領でUnity Web Playerをダウンロードしてインストールすれば,WindowsでもMacintoshでも同じようにプレイできる.開発元のUnity社はGame Developer Magazineが選ぶ2009年のゲーム企業ベスト5にも入ったが,今年のGGJの超短期開発でも高い評価を集めたことはUnityの勢いを象徴していた.ここでUnityの産学連携戦略についてまとめておこう.
Unityの躍進
中編のNordic Game Jamの節でも触れたように,Unityはもともとコペンハーゲンで大学にゲームエンジンを提供したり大学院生を受け入れるなどして産学連携を進めてきた企業である.その後iPhone対応も加えたマルチプラットフォーム展開でアメリカに進出し,昨年はベンチャー資金を獲得した勢いでUnity Indieを無料化した.教育目的に限定して開発環境を無料配布する企業はUnity以前にも存在したが,Unityの場合はさらに大学が受注する商用ゲームの開発やインディーゲーム開発者向けの支援を進めたことで広いユーザ層を開拓することに成功した.現在では50%の独立系開発者が「Unity」を利用している(GAME Watch)とUnity社が豪語するのもGGJを見ると納得できる.
ゲームエンジンの競争
日本国内でもこうしたゲームエンジン・ミドルウェアの競争は年々進んでおり,この一年間でも国内製ゲームエンジンの無償提供や海外製ゲームエンジンの日本国内向けサポート開始などのニュースが続いている.また教育シーンでは(ゲームエンジンというよりもスクリプト言語環境だが)小学生から学べるオープンソースのHSP( Hot Soup Processor )も独自のコミュニティを形成している.しかし,Unityが開拓した大学院生やインディーズ開発者とのコラボレーションによる開発はまだ国内では未開拓であり,今後の動向に注目したい.

アカデミックなインパクト

Global Game Jamを見たアカデミックなゲーム研究者の方は,もしかすると「48時間でデザインから評価版完成までやるようなゲーム開発は,本物の研究開発には関係ないね」と思われるかもしれない.しかし予告編「Global Game Jam の目指すもの」で学会の類似イベントを紹介したように,GGJで行われる極端に短い開発サイクルは「プロトタイピング」として学会でしばしば取り上げられてきたものだ.
ゲーム分野に限っても,過去のGDCやSIGGRAPHでゲームのプロトタイピングについての独立したセッションが組まれており,近年のGlobal Game Jam (およびそれに先立つNordic Game Jam)は大学教育現場に技術的革新をとりいれていると言うこともできる.

GGJ09からのメッセージ
GGJがプロトタイピングを重視していることは,2009年のGlobal Game Jam で配信された基調講演の動画(日本語字幕つき)でも明言されている.

このビデオの中で,IGDA代表(当時)のJason Della Roccaと IGDA Education SIGのSusan Gold との導入に続いて,主役を務めるのが『グーの惑星』開発者のKyle Gabler(カイル・ガブラー),その脇を固めるのが「Crayon Physics」のPetri Purhoや「Audiosurf」のDylan Fittererといったインディーゲーム開発者である.(基調講演の概要はこちらこちらでも紹介されている.)
なぜ彼らが基調講演を任されるのか腑に落ちないゲーム業界の方もおられるだろう.たとえば「ヒット作を一本出しただけの若手なのに,学生にアドバイスして大丈夫か?」「欧米ではIGFファイナリストはこんなに評価されるのか?」「IGDAにはなぜ過去に大ヒットを出した開発者をお手本にしないのか?」と疑問を持つ方もおられるかもしれない.実は『グーの惑星』開発者への注目にはアカデミックな理由がある.そしてこの基調講演も,IGDA Education SIG が前世代の成功体験に拘泥せず,次世代の開発者育成を目指していることを示すものだ.以下に説明しよう.
おそるべき新人
『グーの惑星』については「学生時代の作品がもとになっている」とか「スターバックスで共同開発した」といった断片的な逸話がNintendo Online Magazine インタビューなどで紹介されてきたが,彼らがどのような専門教育を修めたのかはまだ紹介されていないので,簡単にまとめておこう.実はカイル・ガブラーは大学院でゲームのプロトタイピングを修めた第一世代であり,大学院在学中から新世代のエクストリーム開発者として一部では知られた存在だった.
カイル・ガブラーの学生時代の作品は彼自身のウェブサイトで紹介されており,大学院修士課程まで年々新しいスキルを身につけてきたことがわかる.そして彼がエクストリームゲーム開発者として注目されるきっかけになったのがカーネギーメロン大学ETCの修士課程で立ち上げた「Experimental Gameplay Project」である.これは1週間に1本ペースで独力でゲームをリリースする荒行のようなプロジェクトで,最初の一学期だけで彼ら4人は合計50本のゲームを作っては公開している.その1週間ゲームの一つが『グーの惑星』の原型「Tower of Goo」だ.
カイル・ガブラーらは2005年にこのプロジェクトを振り返ってGamasutraに"How to Prototype a Game in Under 7 Days: Tips and Tricks from 4 Grad Students Who Made Over 50 Games in 1 Semester"(「ゲームのプロトタイプを7日以内で作る方法: 4人の院生が一学期に50本のゲームを作った秘訣」)という共著記事を書いている.この記事が「就職前に数十本の開発キャリアを積んで,ゲーム開発について論陣を張る大学院生が登場した」と注目を集める(この記事が掲載された時にカイル・ガブラーはもうEA-Maxisに就職しており,そこでパートナーを見つけてゲームベンチャーを起業することになる).
そして続く2006年に同テーマでGDCで講演し(GDC Radioポッドキャスト).さらにメンバーの一人はSIGGRAPH'07パネルディスカッションでもゲームのプロトタイピングについて発表している.同年には商業リリース前の『グーの惑星』がIGF 2008の作品賞にノミネートされたが,それ以前のGamasutra(2005), GDC'06, SIGGRAPH'07という一連の報告によって彼らは(商用タイトルリリース前にも関わらず)影響力のある存在になっていた.dekunologyの2009年の記事「海外インディーゲーム制作者・制作チームの活躍をまとめてみる」にもCrayon Physics開発者からのリスペクトが紹介されている.
背景の説明が長くなってしまったが,あらためてGGJ2009の基調講演は単なる若手開発者の放言ではないことを確認したい.開発者がまくしたてているだけのように見えるが,実は大学院での実践研究に基づいたものである.そして同時に,大学院で高度なゲーム開発のトレーニングを積んだ第一世代から後輩のゲーム開発者に向けたメッセージが込められている.

おわりに: 新たな学びに向けて

ゲームデザインを何十本も出させる新人トレーニングは珍しくないが,ゲームデザインからプロトタイプ版の完成までの開発サイクルを48時間でまわすGGJのアプローチは,これまで一部の先進校で実験的にのみ実施されていたものだ.この極端に短い開発サイクルをまわすことで,学校教育でも実社会(あるいはインターンシップ教育)よりも濃密な学習を経験できる可能性がある.
GGJがこのような先鋭的な試みを世界各地で同時開催することに成功したのにはいくつかの要因が考えられるが,やはりゲーム開発という素材だから可能になったという側面が強い.もしもゲーム以外のソフトウェア開発でここまでエクストリームな短期開発サイクルを課した場合,脱落する学生が続出するのではないかと予想される.つまり,ソフトウェア開発の創造性と意欲とを高いレベルで維持できるという点で,ゲーム開発は学生が先進的なソフトウェア開発に取り組める絶好の分野だといえるだろう.
もちろん,エクストリームプロトタイピングだけやれば社会に通用するというわけではない.独力で開発を進めるExperimental Gameplay Projectとは異なり,GGJではチームを決めたその日から自分とは異なる専門の相手とコラボレーションが求められる.これはデザインやプログラミングよりもさらに高次のスキルが要求される.(なおGGJが目指すコラボレーションについては Global Game Jam 代表の Susan Gold がIFIPの国際会議Entertainment Computingで発表している.)
さらに,デザインや開発を短期間でまわすだけでなく,その結果が専門家の評価を受けるという体験こそ最も重要だと言えるかもしれない.クライアントからのダメ出しというのは学校教育ではなかなか得られないものだ.たとえインターネットで作品を公開しても,無数のゲームに埋もれて専門家からのコメントや評価をもらうことはなかなか難しい.そこでGGJは英語ウェブサイトを通じて全世界の参加者がオンラインで相互評価を行うという仕組みを取り入れた.さらに最近になってGlobal Game Jam ニュースレターも創刊され,注目作が丁寧に紹介されるようになった.中編で私が紹介しきれなかった作品もとりあげられており,「あの国にもゲーム開発やってる学生がいるのか!」という思わぬ発見もある.
以上のように,GGJに参加したことでいろいろなことを考えさせられた.次回の Global Game 2011 は1月28-30日と,やはり今年同様に学年末試験と重なりそうなスケジュールである.しかし参加したい組織やスポンサーシップを考えている企業があれば,IGDA日本のアカデミックSIGでも支援したい.
それでは,Happy Prototyping!

備考: 『グーの惑星』以後

Global Game Jamの話題とは離れるが,『グーの惑星』発売後に開発者のカイル・ガブラーたちが起こしたセンセーションを4Gamer海外特派員の奥谷海人氏がまとめておられるので,本稿を読んで興味を持たれた方は参考にしていただきたい.彼らの発言は若手とは思えないほどスケールが大きく(この30年間続いたビジネスモデルが機能しなくなったとか),ゲーム業界の伝統的な発想を越えている(ゲームの売上でFSFやEFFを支援するとか).
こうした思い切りのいい姿勢は,かつて通産省の調査で「アメリカのスーパーハッカーは業界の権威に対抗して堂々たる論陣を張っており,日本でも論客になれるスーパーハッカー人材を育成すべき」という報告が出されたことを想起させる.新世代の開発者というだけでなく,自らを実験台にして語る新世代の論客としても興味深い存在だ.

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