2012年2月29日水曜日

GGJ12 アカデミックレビュー (中編) : 基調講演をめぐって

Global Game Jam 2012からはやくも1ヶ月が経とうとしている.参加者アンケートの集計作業がはじまり,さらに3月のGDCでは全世界ミーティングも予告されているが,いまのところ巨大イベントGGJで何が起こっていたのか,その全貌は明らかになっていない.
そこで本記事ではGGJの全体像を描くのではなく,Global Game Jam 2012 でわかりにくかったポイントについて考えてみたい.前編では基調講演から冒頭の部分を紹介したが,本記事ではいよいよ20分のオールスター基調講演を見ることにする.



基調講演(多言語字幕つき)

基調講演その1: ブレンダ・ブラスウェイトとジョン ロメロ

ビデオの2分40秒からはじまる基調講演の先鋒を飾るのがこの男女二人組.ベテランのゲーム開発者以外の方は「夫婦漫才か」と思われたかもしれないが,実はこの二人はそれぞれ異なるジャンルのゲームで伝説的な存在である.
まずジョン・ロメロはid Softwareの創業者の一人であり,DoomQuakeのゲームデザインや開発ツールに関わっている.つまり「FPS」や「ゲームエンジン」の発明者の一人だ.これだけでもすごいのだが,さらに彼はid Softwareを出て新会社をたちあげ,派手な失敗をやらかしたことでも伝説になっている.そして,いまではFacebook向けソーシャルタイトルで成功している.この浮き沈みの激しい開発者人生については日本語ではゲーム総合情報サイトdoope.jpの記事に詳しい.このように一つの分野で成功するだけでなく,失敗にもめげず新たな分野に挑戦する姿勢が多くのゲーム関係者からリスペクトされているとも言える.Doomの開発チームが喧嘩別れしたり新作が大失敗したりと苦労話も多いはずなのだが,それを感じさせない語り口だ.
そして,ジョン・ロメロと組んで新作ソーシャルゲームを共同開発しているのがもう一人の講演者,ブレンダ・ブラスウェイト.彼女は10代の頃からWizardry第1作の製作に参加し,シリーズを通じて数々の職種を担当している(ウィザードリィに出てくるBrendaやNebdarというキャラクターにも名を残している).つまりドラクエやファイナルファンタジーの源流の一つに長年関わり,いまでも現役で活躍している女性ゲーム開発者の草分け的な存在だと言えるだろう.彼女の活躍も多くの職種とジャンルにまたがっているが,彼女が注目されたのは『Playboy: The Mansion』(4Gamer.net記事)のチーフデザイナーとしての仕事や女性向けゲームについての社会的発言だろう(WiRED記事).基調講演の中で彼女が「政治的に正しい」男女同権っぽい表現をつかう下りがあるが,それは「男性向けのゲームと同じように女性向けのゲームも研究開発されるべきだ」という彼女の女性運動家としてのIGDAでの活動を元ネタにしている.IGDAやDiGRAでは女性ゲーマーネタはときどきでてくるが,このネタは世界中の人に向けたGGJ基調講演としてはちょっとわかりにくかった.
ともあれ,FPSやRPGやエロゲーといった別々のジャンルの立ち上げに関わった二人がソーシャルゲームを共同開発して成功するというのは興味深い.そしてこれだけ個性の違う二人がゲーム開発を続けられる根底に,開発チームやゲームに対するリスペクトがあることもこの講演では示されている.

基調講演その2: ゴンサロ・フラスカ

次の講演者は南米のゴンサロ・フラスカ.彼はゲーム研究者の間ではよく知られている.たとえば東京大学で彼を招いた講演会が開かれたこともある(「世界的に著名なゲーム関係者が語る"ゲーム開発の国際連携"とは?」, ファミ通, 2004/9/28).この来日の後には日本語での紹介も行われるようになり,たとえばCEDEC2006で開かれたIGDAアカデミックセッション「ゲーム学研究の世界動向」の中の「3)物語を経験させる方法」第2節,あるいは『智場』(No.108, 2006)の7[研究動向]──発展するゲーム学── の冒頭でも紹介されている.
彼の名前が研究者コミュニティで知られるようになったのは『ルールズ・オブ・プレイ』もまだ出版されておらず,ゲーム研究の教科書も学会もない2000年のことだ.もちろんゲーム研究の学術雑誌もまだ存在せず,彼が注目されたのはネット上で公開した短い論考によるものだ.この彼の公開文書は日本語に翻訳され,IGDA日本のサイトで公開された(ただし残念ながら当時のハードディスクが故障してIGDA日本でも最終データを持っておらず,現在ではInternet Archiveでみつけるしかない).
その後ゲーム研究の制度化がすすみ,彼が日本で紹介される頃には,すでに『ルールズ・オブ・プレイ』も『ゲームデザインリーダー』も出版されており,ゲーム研究は学術雑誌に投稿されたり学術書として大学から出版される時代へと変わっていった.そのため,オンライン文書で世に出るというキャリアを持つ研究者はいなくなったことに注意する必要がある.上記の日本語紹介記事でも,フラスカが「ゲーム研究がはじまる前に活動していた過去の人」,「教科書の冒頭にだけ登場して,あとは出てこない人」みたいな扱いになっているのはそのためだ.しかしこの基調講演では彼は「昔有名だった人」としてではなく,ゲーム開発の最前線の人として戻ってきた.

彼の講演は,2010年のワールドカップ南アフリカ大会でウルグアイ代表チームが準決勝に勝ち進んだ話からはじまる.その話の中で明らかになるが,彼はヨーロッパのゲーム研究拠点を離れて母国のウルグアイにもどり,ハリウッドと組んでゲーム開発の仕事をしているようだ(ハリウッド映画のゲーム化をやっているのだろうか?).これは世界各地の人にインパクトを与える話だ.サッカーワールドカップでは,人口たった300万人(静岡県と同じくらい)の小国ウルグアイがスポーツ大国と対等にわたりあったことが話題でなった.その話をしながら,彼はゲーム産業があるとは言いがたい南米の田舎にいながらハリウッドの仕事をすることができることを自分自身で証明してみせる.
ゲーム研究を発表し,世界的な議論を起こすことだけでも彼は大きな成功をおさめた.そして,人口300万人の小国に住みながらハリウッドとビジネスをするのも,人々の先入観を壊す大きな成功である.彼はそのどちらもなしとげていると言えるだろう.
彼の話の最後に「レベルアップ」についての話がでてくるのも教育的だ.これはたんなる一般論ではなく,Global Game Jamとゲームプログラミングコンテストとの違いをうまく説明している.ゲームプログラミングコンテストは,勝つこと,すなわち審査員に評価されることにこそ意義がある.そして優勝者以外は敗者となる.それにくらべてGGJでは,そもそもゲーム開発の経験者と同じチームになれるかどうかすらもわからず,「勝つ」ためにゲームを開発していない.むしろ優勝することではなく,参加する前と参加した後で「レベルアップ」することが大事なのだとフラスカは説いている.これは教育的だ.

基調講演その3: Baiyon

北米→南米→ときて,次の講演は日本から.京都のBaiyon氏が登場する.テーマはイノベーション.ブレンダ・ブラスウェイトやゴンサロ・フラスカは凝った表現を使っていたが,今度は率直に自分の開発について語っている.
さいわいBaiyon氏のインタビューは日本語で読めるものがある(最近だと『洞窟物語』のPixel氏との対談を掲載したIndieGames.com インタビューとか)ので,興味のある方はさがして読んでみてほしい.第1回GGJ基調講演(過去の記事,および日本語字幕版を参照)でも映像と音を組み合わせた「アートゲーム」が流行ってるという話が出てくるが,それはBaiyon氏をはじめとするインディーゲームシーンの作品群を指している.
ビデオでは彼の開発スタジオの光景も撮影されているが,普通の人が想像する「プログラマがキーボードを叩いてる」ゲーム開発現場とはかなり異なっていることがわかるだろう.だからといって,Baiyonのやり方をそのまま真似して機材を購入したり自作してもあまり意味がない.むしろ「ゲームはこうやって開発するものだ」というやり方にこだわらない自由な姿勢に学ぶべきだろう.ゲーム会社の仕事ではなかなか実験的なやり方を試すのは難しいが,ゲームジャムならば(損失も少ないので)失敗をおそれずに自由な発想を競いあうことができる.

そしていよいよ基調講演の最後はウィル・ライトだ.このウィル・ライトも他の講演者と同様に「かつての成功者」だから基調講演に呼ばれたのではない.彼もGGJで紹介されてきたラピッドプロトタイピングの実験的な取り組みを独自のやり方や大学の成果を使って進めてきた一人である.この続きはまた次の記事で書きます.

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